令和3年3月18日
【式 典】
13:00 〔開 場〕
13:30 〔開 会〕 司会 NPO法人 日本ニーム協会 理事 根本 堅冶 氏
13:35 〔開会の辞〕 NPO法人 日本ニーム協会 理事 河村 恵里 氏
13:40 〔ゲスト紹介〕 稲葉会長
【ゲスト】
13:50 中村 陽子 氏 NPO法人 めだかの学校代表
14:05 長谷川 豊 氏 元酪農学園大学教授、NPO法人農業塾「風のがっこう」理長
14:20 水野 素子 氏 宇宙航空研究開発機構(JAXA)で月・火星探査に関する国際力
【会長挨拶】
14:35 NPO法人日本ニーム協会 会長 稲葉眞澄 - 挨拶の前に二人の友人の紹介
●光田 愛 氏 カーネギーホールで個展
●横田 光弘 氏 次の衆議院選挙に神奈川18区
【休 憩】
【講 師】
15:00 松本 伸一 氏 70才から農業法人取得 ピーナッツ栽培
15:15 山本 芳衣 氏 森の学び舎、林間学校倶楽部 国産大豆栽培
15:30 近澤 洋大 氏 カンボジアでカシューナッツ、日本ニーム協会研究所を置く
【閉会の辞】
16:30 NPO法人 日本ニーム協会 理事 菊池 和一 氏
【講演 抜粋】
中村 陽子 氏:
日本の田んぼが無くなったら大変、自然を再生してくれる田んぼのお米を食べようと、生き物調査などをやっている。調査中などに虫がつくのでニームを使っていて、とても人気がある。吉祥寺で田んぼをやっているが、これらの活動を通して農家の地位向上をめざしている。また、小規模農業を守っていく方法を模索中。今回の種苗法改正は問題があると声をあげたが叶わず、方向を変えて、子供たちの食を守るため給食を有機にしようと動く。賛同してくれる方たち、若いお母さんたちと活動するなかで、有機農業、観光農園に興味のある人たちも増え、有機給食にすると有機農業が広がる、という良い関係で回っていると感じる。
長谷川 豊 氏:
日本の農業は難しく、匠の技がないとできなかった、後継者、若者がどんどん減っていって、農地が荒廃するばかり。しかし日本には世界でだれもやったことのない家庭菜園がある。家庭菜園は簡単、易しい農業でないと無理。すべての生き物は微生物に生かされている。易しい家庭菜園の手法を微生物を守って広げていこうと活動している。善玉菌のみではダメ、良い菌と悪い菌がバランスをとって生きていて、その土地土地にある菌が一番強い。菌だけでも、農薬、化学肥料だけでもだめ。安心、安全で美味しいものを作るにはいい菌、いい土が必要。
水野 素子 氏:
いまのままの政治では子供たちの安心、安全を守ることはできないと、JAXAに勤務しながら政治に挑戦中。こどもの頃は宇宙ではなくサハラ砂漠を緑にするという夢があり、稲葉会長と出会いニームを知り、ニームの素晴らしさを認識。オランダ留学で国際法を学ぶ。オランダは中国、韓国とともに日本と非常に関係が深い国で、農業は完全に制御され機械化されている。その意味で有機農業は非常に重要と感じている。ニームを通して、人が生きていく地球の環境を良くしたい、という思いがある。
稲葉 眞澄 日本ニーム協会 会長:
有機農業の推進に関する法律(平成18年法律第112号)の法を作るに当り、2006年から立法作業部会を開催し、法律をまとめる。総会を開催し法案について農林水産省参議院法制局から意見聴取、「日本ニーム協会」からヒアリングを行う。稲葉会長がこの法律に係ったことを話した。13年前ミャンマーを訪れた。暴動が起き、長井氏が撃たれた後ミャンマーのニームの育成状況を全国見て回った。ミャンマーは北から南まで、全国にニームの木が育っている。ドイツのODAで建てた研究所、工場3か所をみた。ニームの使用方法を地方の役人や農家の主人に聞かれた。政府もニームに大きな期待を示した。ミャンマーの方々に大歓迎を受けたことを報告します。また、トーゴに贈った衣料26トンが着いたと本日大使に確認しました。
松本 伸一 氏:
女房がガンになったのがきっかけで農業に関わり始める。6年の闘病ののち亡くなるが、その後農業を始めて驚いたのは、農家の人はこんなに農薬を撒くのか、ということ。船橋の飲料水は印旛沼からきているが、印旛沼は江戸時代からの農業地帯。農薬は地下にしみこみ、水がよごれる、その水を浄水、殺菌して飲む。私の家の向こう三軒両隣は一年に一人はガンになる、比較的若い人も。残りの人生、どうせなら良いものを作って行こうと思った。今は落花生を主に作っているが、印旛沼あたりは猪が多い。農薬を使っている所には行かず、無農薬のうちが集中的にやられる。連作の対応も含めて今年からニームを使って対策していく。楽農、楽老をめざして、農薬不使用を条件に畑の一部を貸して、皆さんに楽しんでもらっている。
山本 芳衣 氏:
農業は全くの未経験。去年6月に大豆を初めて植え、ほんの一粒から抱えきれないほどの枝豆が採れることに感動。松本さん同様、子供、主人に先立たれ泣き暮らしていたが、友人の紹介で自然しかない身延町を訪れ、コロナ過でも出来ることをと、身延の特産品の大豆を作り始める。日本を強くしたいと思ってやっている。日本には農林業がある、これを強くするため、生活、生き方を変える、自分の食べるものをつくる、そんな生活を広めたい。また、土をよくするために何をしたらいいかを勉強しているなかでニームを知る。今年から皆の反対を押し切って完全無農薬で大豆に挑戦する。農業だけで生活するのは大変、大豆の加工品等も始めようと色々と調べている。諦めずに農林業大国、里山づくりをやっていきたい。
近澤 洋大 氏:
引っ越し業ででたまだ使えるものを販売するリサイクルショップをカンボジアで運営、現地で土地を紹介されカシューナッツを作り始めた。カンボジアのカシューナッツは皮つき、粒が大きくとても美味しいが日本に入っていない。自分は農業は全くの素人でどうしようかと思っていたところ、プノンペンで稲葉会長に紹介されて出会う。有機認証を取りたいが、色々な制約があり難しい。カシューナッツは収穫まで3年、今が3年目で収穫真最中だが、野火で木が焼け、泥棒に盗まれと大変なことが起きている。ニームは会長のアドバイスで畑の回りを囲むようにして植えて、今年は種もとれた。ニームを使ってカンボジアでオーガニックのカシューナッツを作っていきたい。苫小牧は地熱、温泉など余った電気があるので、ニーム、カシューナッツなどもやっていきたい。